第1154回 例会 2025年1月14日(水)
更新日:2026/01/14
第1154回 例会
ビジターならびに、ゲスト:おみえになりません
1.点鐘
2.ロータリーソング斉唱(第2週)
3.長坂 誠会長 挨拶
私の趣味の一つに、国内旅行があります。
各地を訪れる中で、歴史的な遺跡や暮らしの痕跡に触れる機会も多くあります。
先日訪れたのは、水田耕作を伴う弥生時代の集落遺跡です。
弥生時代は、水稲を中心とした生産経済が始まった時代であり、日本における大きな転換点であったと言われています。
それ以前の縄文時代は、狩猟や採集を中心とした生活でした。
魚や貝、木の実、野生の植物、そして狩猟による肉が主な食料でした。
自然と向き合いながら生きる社会であったと言えます。
弥生時代に入り、稲作が始まったことで、人々の生活は安定し、備蓄が可能になりました。
米は保存が利き、価値を持つ存在となり、やがて人々の労働の対価、さらには社会を支える基盤となっていきました。
一方で、価値あるものが生まれると、それを巡る争いも生じます。
米を守るため、あるいは奪うために、人と人との衝突が起こるようになったのも、この時代以降です。
吉野ヶ里遺跡に見られる環濠や防御施設は、その象徴とも言えます。
生活が豊かになる一方で、争いが生まれる。
果たしてどちらが本当に幸せな時代であったのか、その答えは簡単には出せません。
さて、現代に目を向けますと、近年、米の価格についてさまざまな議論がなされています。
多くの物価が上昇する中で、特に米が取り上げられる場面も少なくありません。
しかし、米作りの現場は決して楽なものではなく、機械化が進んだ今でも、多くの費用と労力を要します。
実際、農業だけで生計を立てることが難しく、家族が別の仕事を併せて生活を支えているケースも珍しくありません。
数字だけでは見えにくい現場の実情があります。
生産者の努力や背景に目を向けた、冷静で丁寧な議論が必要ではないかと感じております。
私たちが日々口にする食事の裏側には、多くの人の労働と積み重ねがあります。
そのことを改めて意識しながら、これからの社会や経済の在り方を考えていくことが大切だと思います。
以上です。
4.食事 (会長)
5.沓名由美子幹事 報告
(1)次週例会について
次週、1月21日(水)の例会は休会です。
(2)理事会について
休会明け、1月28日(水)の例会終了後に理事会を開催いたします。
理事の皆さまは、よろしくお願いいたします。
(3)同好会について
本日18時より、ラ・ムールにてカラオケ同好会を開催いたします。
(4)他クラブの例会変更を事務局にお問い合わせの上、メーキャップをお願いいたします。
〇社会奉仕委活動『合唱体験講座』について
私が実際に見学させていただきましたので、その様子を簡単にご報告いたします。
安城市少年少女合唱団では、石原様の奥様である田地さんをはじめ、手島先生、佐治先生といったプロの指導者のもと、日々練習が行われています。
今回、三河安城ロータリークラブとして募集した12名の小学生も、合唱団の皆さんと一緒に練習に参加させていただきました。
子どもたちは、同じ舞台を目指し、皆で歌うことの楽しさと難しさを感じながら、真剣に取り組んでいました。
3月22日の発表会まで残りわずかとなりましたが、指導者の先生方が一丸となり、三河安城ロータリークラブから参加した子どもたちも含め、全員で成功させようという強い思いが伝わってまいりました。
ここで幹事からのお願いです。
3月22日には、アンフォーレにて発表会が開催されます。
当日は例会も予定されておりますが、ご都合のつく方は、ぜひ今のうちからスケジュールに入れていただき、この発表会へのご協力をお願いいたします。
迷われている方がいらっしゃいましたら、ぜひ3月22日の例会・発表会へのご参加をご検討ください。
皆さまのご理解とご協力を、どうぞよろしくお願いいたします。
以上です。
6.委員会報告
(1)出席委員会 出席報告 (出席委員会)
会員数 62名
出席義務者出席数 38名
本日の出席者数 49名
本日の出席率 78.9%
(2)年会費のご案内 (会計)
(3)ロータリーの友1月号のご案内
〇福島ロータリークラブによるワークウェア例会について
〇輪島・白米千枚田の現状と復旧について
〇介護シューズメーカー「後武産業」の寄り添い経営について
(4)ニコボックス報告 (ニコボックス委員会)
7.本日の卓話
『年男・年女放談』
〇寺部保美さん
本日は、私のマイヒストリーの一部をご紹介させていただきます。
両親が結婚して間もなく、父は内モンゴルへ渡りました。
学生時代から大陸を旅し、卒業後は蒙古学院で学び、現地で勤務し、日本政府の県参事官として内モンゴルに関わる仕事に携わっていました。
当時の厳しい環境の中で活動していたこともあり、父の足には銃創の痕が残っていました。
一歳の時、母とともに内モンゴルへ渡り、終戦の年の十一月に帰国しました。
その後、家族は安城に戻り、父は安城学園の経営に携わりました。
父からは厳しい言葉をかけられることもありましたが、とても大切に育ててもらいました。
学生時代には、大阪YMCAの青少年事業部でボランティアリーダーとして活動しました。
キャンプやクラブ活動を通じて、若者が目標を持ち行動する姿に寄り添い、今でも続くご縁を得ることができました。
私の趣味は社交ダンスと山歩きです。
高校時代の登山をきっかけに自然の魅力に惹かれ、現在も一人、あるいは家族と山に登っています。
西尾の茶臼山を繰り返し登ることで、心身ともに整えられる大切な時間となっています。
これまで安城、大阪各地、香港、神奈川と各地で生活してきました。
昭和六十二年から三年間の香港生活は、異文化の中で多くを学ぶ貴重な経験でした。
帰国後、再び安城に戻り、四十年以上が経ちました。
堀尾佳弘さんのご紹介で本クラブに入会し、多くの出会いと学びに恵まれました。
健康に感謝し、周囲の皆さまに支えられながら、これからも自分らしく前向きに歩んでいきたいと思っております。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
〇久田庸平さん
本日は少し時間をお借りし、昨年十一月二十一日および十二月に、安城市商工会議所副会頭として大村知事と二度、意見交換を兼ねた食事の席を持たせていただいた際のお話を共有いたします。
その中で、刈谷市と安城市をはじめとする周辺市の将来的な連携について、経済界の視点から示唆を受けました。
正式な協議は今後となりますが、早い段階で情報共有が必要と考え、本日は概要のみお伝えいたします。
安城市と刈谷市が仮に一体となった場合、人口規模は約三十四万人となり、愛知県内での位置づけも変わります。
さらに知立市、高浜市、碧南市が加われば、五十万人を超え、中核市、政令指定都市への可能性も視野に入ります。
政令指定都市となれば、都市計画や各種許認可を自治体独自で行えるようになり、まちづくりの自由度は大きく広がります。
これは経済活動や産業誘致の面でも重要な要素となります。
西三河地域はいずれの市も自動車産業と深く結びついています。
トヨタグループを取り巻く環境が変化する中で、行政単位を超えた広域的な視点が求められていると感じています。
また、トヨタ関連の方々との意見交換では、国内工場の再編・高度化に関する話題もありました。
地域産業にとっての安心材料となる一方、海外生産比重の高まりによる課題も想定されます。
現時点では、いずれも正式に決まった話ではありません。
しかし、将来を見据え、早めに備えることが重要と考え、本日お話しさせていただきました。
以上でございます。
〇平野勝則さん
私のマイヒストリーとして、青年会議所に入るまでの話をさせていただきます。
中学一年の頃、バスケットボール部に所属しましたが、体格の面で選手としては難しいと感じ、友人の神谷清隆君に勧められてテニスを始めました。春休みから毎日練習を重ね、六月の新人戦で選手に選ばれました。
高校でもテニス部に入り、厳しい練習の日々を送りました。日体大の稲垣金四郎さんの指導で、正座や兎跳びといった厳しい練習も経験し、その成果で国体予選ではベスト8に入り、県大会へ進むことができました。
卒業後は安城高校の先輩方と青少年テニス教室や軟式テニスクラブで指導を行い、週三~四日テニスに打ち込みました。その活動を通じて、多くの仲間と出会い、人生の大きな財産となりました。
そしてその中で、現在の妻とも出会い、素晴らしい人生を送ることができています。
以上です。
